tadao_fujimatsu

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1935年神奈川県鎌倉市生まれ。県立佐賀高校を経て東京大学法学部卒。日本航空に入社し、米州地区広報部長、JALインターナショナル・サービス会長を歴任。The Fujimatsu Corporation社長。現在、米国ワシントン州バンクーバーに在住。1975年から米国で暮らし、2011年で滞米36年になる。著書に「健康のためなら死んでもいい!」(ゾデイアック刊)など、健康、旅行、グルメに関するエッセイや著作が多い。ゴルフは75歳で年間約200ラウンドをこなす。

サンフランシスコのシーフード店

【毎日が、非常時 No. 014】

アメリカの地方旅行で楽しみにしているのは、繁華街の一角にやたら人の列ができている「人気の店」に入ってみることです。これが実に愉しいのです。

今回はサンフランシスコの日本町(ジャパンタウン)に泊まっていたのですが、バンク・オブ・アメリカで小銭を降ろす必要があったので、支店のあるバン・ネスの大通りまで出ました。

ホテルから大通りまでは歩いて10分ほどの距離で、ぶらぶらと散歩がてら歩いて行きました。銀行で用を足したついでに裏通りを歩いてみたら、ちょうどお昼時ということもあり若者がたくさん並んでいるカウンター式のシーフード店を発見したのです。

並んで待つこと10分ほどでカウンターに座ることができ、カキフライが美味しそうだったので頼んでみました。辛口の白ワインをグラスで頼んで、揚げたてのカキフライを食べたのですが、これは大正解!味ももちろんですが、さすが若者が集まるだけあって安いのです。コーヒーとデザートを追加しても、20ドルでお釣りがくる値段ですからね。

周りを見渡してみても、思い思いのシーフードが出ていて、みんなそこそこの値段で楽しんでいたようです。

ジャパンタウンで私がいつも利用しているのは、日本の書店「紀伊国屋」のさらに奥にあるお寿司屋さんで、ここのカウンターで好みの魚を握ってもらいます。こちらの方はさすがに手頃とは行かず、やはりニューヨーク並みの値段なのでちょっとした覚悟が必要です。

でも、寿司職人さんとはとても仲良くなりましたので、いつも「光もの専門」で鯖やイワシを握ってもらい、大変満足しています。

今回、シスコにいる間に楽しんだ店は、ひとつはジャパンタウンの入り口にある日本風の中華料理店。メニューはごくありきたりの中華なのですが、辛みの程度がほどよく美味しかったです。

もう一つは、ジャパンタウンを通り抜けたところにあるインド料理店です。ここは店構えも立派で、まるで宮殿のようなデコレーションが楽しめ、料理も美味しく満足できるものでした。

旅先で、期待した以上に良いレストランに出会うと、とても得した感じがします。

大地震で有名になった町「ユーレカ」

【毎日が、非常時 No. 013】

北カリフォルニアというところは、実はアメリカでもほとんど関心を惹かない一帯です。

その中心都市といわれる人口2万6千人の町「ユーレカ(City of Eureka)」も、巨大な樹木「セコイア」の保護区があるくらいで、あまり有名な都市とは言い難いようです。アメリカ中を歩き回っていると自認する私でも、ユーレカに足を踏み入れたのは今回が初めてだったのです。

私たち夫婦が今回宿にとったのは、町の旧市街のほぼ中心にある有名な旅館「Carter House Inns & Restaurant 301(カーターハウス・イン)」です。小さなイギリス風の建物ですが、宿泊料金は二人で二万数千円と高く、しかもいつも超満員。かなり以前から予約を取ってあったにもかかわらず、何回もコンファメーションの確認をさせられたりして、部屋を確保するのが意外に大変でした。

そのため、イギリスの博物館のような本館には満員で泊まることが叶わず、予約できたのは道を挟んだところに新築された新館のほうでした。旧館に比べるとこちらのほうが快適ですし、ホテルの運営業務は食堂も含めてすべてこちらの新館でやっているようでした。

ユーレカは2010年1月9日に震度5.9の地震に見舞われました。旧館は大地震の結果、一旦破壊され、そのあとに復旧されたのですが、そこから港をのぞむ細長い住宅地は全て破壊されてしまいました。このようにわざわざ復旧された一連の建物を除くと、まったくの廃墟。記録によるとユーレカ地震では、町の西30キロメートルの海底に震源地があり、町は破壊されたものの、日本の壊滅的ともいえるひどさに比べれば、それでも軽微だったようです。でも、アメリカではやはり、とてつもなく大きな地震災害だったと思います。

震災から、このホテルがいま一番力を入れているのはレストランの食事です。さすがに、港町だけあって、魚料理は新鮮さが売り物です。ホテルを予約すると同時に「レストランは8時に予約を入れておきますが、それでいいですか?」という確認の連絡があり、メニューに関しても、お店からいくつかのプロポ―ザルがありました。その意気込みやよしで、泊まる前から「これは美味しそうだ」と大きな楽しみになりました。

こういった、旬の食材の自然な売り込み方というのは、東北を旅行される方々に対しても参考になるのではないでしょうか?

「カーターハウス・イン」の場合、新館の入り口のそばに大きな食堂を作っていて、サービスぶりも立派でした。クッキングは最近の流行で、ややイタリア風というものでしたが、海の近くですから素材が新鮮であるという利点もあり、美味しかったといえます。

翌日はルート101を、432キロにわたって、ひたすら南下しました。サンフランシスコには夕食に間に合うように到着しなければならなかったからです。
しかも、ここから先は海岸でなく、太平洋に沿った山岳地帯。途中のサンタローザ(Santa Rosa)で一服して、サンタローザ・プラザ(Santa Rosa Plaza)というショッピング・センターでランチを食べる予定もあるのです。

というわけで、ユーレカを出たのは朝の9時ごろだったのですが、山を横切って進む101号線は存外に時間がかかり、サンタローザに着いたのは午後3時ごろだったと思います。緯度からいえば、ほとんどナパに近いわけです。

でも、サンタローザ・プラザにはちゃんとデパートの「Maycy’s(メイシーズ)」が出店しており、ニューヨークの郊外にあるショッピングモールにも劣らない立派なショッピング・センターでした。

次回も旅の続きをお届けしますので、どうぞお楽しみに。

ユーレカまでの道のりがいかに長いかわかる。

まずは車で走ることから始めよう

【毎日が、非常時 No. 012】

30年を超えるニューヨーク、マンハッタンでの生活から抜け出して、アメリカの西海岸に住み始めた最大の価値は、やはり車を運転しながらあちこち見て歩けることだと思います。

今回はたまたま、家内が日本音楽をやっていて、サンフランシスコで琴や三弦の演奏会をやることになったので、飛行機ではなく、車に三味線などを積み込んで、自宅のあるワシントン州バンクーバーからサンフランシスコまで陸路を走って行くことにしました。

車はトヨタのレクサスです。日本でも米国と同じ「RXシリーズ」の名で呼ばれているSUVタイプの車高の高い車です。これは、米国のような大きな国を長距離ドライブするのに格好の車なのです。

前回は5号線というハイウエイを通って、オレゴン州からカリフォルニア州に出たあたりで1泊したのですが、今回は太平洋岸に沿った101号線を試してみることにしました。

とは言うものの、最初はやはり便利な5号線に乗って、太平原の真ん中を南下し、ローズバーグ(Roseburg)という町まで行って、そこで昼食をとることにしました。以前、近所の人たちとバス旅行をしたときに、ローズバーグを起点にして、カーターレイクという山頂の美しい湖に上ったことがあり、この町はなじみ深かったのです。今回もここでイタリア風の簡単なランチを食べたのですが、とてもおいしかったです。

さて今回は、ここから5号線を南下するのを止め、42号線という太平洋に向かう支線にのって山中を横切ることにしました。

この太平洋岸の山地を突っ切って行く42号線は、上がったり下がったりで、なかなか変化に富んでいて面白く、時間はかかるのですが、バンドン(Bandon)という太平洋岸の町で101号線と合流するまで、山中の風景をエンジョイすることができました。

今回、最初の夜に1泊しようと考えた町は、カリフォルニア州のユーレカ(Eureka)というところです。そこのホテル「カーターハウス・イン」には上等なレストランがあって、楽しみの一つだったのです。

もう一つ、なぜ、ここを選んだかというと、このユーレカという町は2010年1月に大きな地震に見舞われて、町の大部分が崩壊してしまったのです。そこで、こうした町に立ち寄ることで少しでも励ましになればという気持ちもあったわけです。

それにしても、バンドンからユーレカまでの101号線は、大平原をまっすぐ突っ走る5号線に比べれば、やはり山中の道で、きついワインディングの続く気の許せない道でした。走るのに面白くはあっても、結構、運転技術を要する、まあ、難しい道でありました。

ただ、海に沿っているところは景色も素晴らしく、時間がたっぷりあるときなら、大いにエンジョイできるドライブウェイと言えそうです。

道はブルッキングズ(Brookings)という町を出たあと、オレゴン州からカリフォルニア州に入りますが、カリフォルニア州へ入るととたんに、植物検疫が厳しくなります。さまざまな植物の持ち込みに目を光らせていて、車に対する検疫はきわめて厳重です。

内陸を走る5号線はメドフォード(Medford)というところから「山越え」をしなければなりません。この一帯はシェークスピア・フェスティバルなど、本格的な演劇の催しが有名で、今年は私もこれらの催しを見に行く予定ですから、その詳細は8月末にお伝えできると思います。

さて、カリフォルニア州でも最大規模の大地震を経験した町、ユーレカに1泊した話は、次のブログでお伝えすることにいたしましょう。

楽しみは、やっぱり読書かなあ……

【毎日が、非常時 No. 011】

アメリカで生活する楽しみは? と聞かれたら「やっぱり読書かなあ……」と答えるでしょうね。私はたまたま高校時代からペンギン・ブックスに馴れ親しんできたせいもあって、英語で推理小説を読むことにまったく抵抗を感じないという背景があるのです。

「The New York Times」紙の日曜版に、毎週タブロイド版の「ブック・レビュー」が挟まってくるのですが、その中のベストセラーのリストを見るのが楽しみです。家内に言わせると「ずいぶん俗悪な本に凝っているわね」ということになるのですが、たとえばロバート・パーカーというボストン在住の探偵小説家をご存知でしょうか?

私の悪いクセは、一人の作家に凝り始めると、その作品を全部読まないと気がすまないというところです。たとえばロバート・パーカーの小説に登場する探偵のスペンサーについては、その交友関係から生活ぶりまで、全て知っています。そこで、次のスペンサーものが出ると、さながら旧知の友人にでも会うような感じで読み進むことになるわけです。

そのロバート・パーカー先生は、残念ながら昨年の1月18日にお亡くなりになられたので、今年出ている新刊は「遺稿」ということになります。昨年出された「スプリット・イメージ」はスペンサーものではなく、舞台もボストンではなく隣町で、警察署長ジェシーの話でした。

アメリカの本屋さんは、最近「バーンズ・アンド・ノーブル」という大資本の書店がお店を次々に買い占めていて、ニューヨークはもちろん、どこへ行っても本屋と言えば「バーンズ」ということになっています。

「バーンズ・アンド・ノーブル」は会員を募っていて、年間40ドルあまり払って会員になっておくと、大抵の新刊書は20〜30%引きで買えます。私は数年前からここの会員になっているので、割引サービスはかなり重宝しています。

私の住むワシントン州は消費税が30%以上もするので、本を買うときはコロンビア河を渡ってオレゴン州側のバーンズに行くわけです。

ところで、オレゴン州のポートランド市には全米最大の独立系の書店があります。ドナルド・キーン先生が「米国の誇りにしていい」というもので「パウエルズ(Powell’s City of Booksというお店です。

内部は3,500ものセクションに分かれていて、100万冊以上の本がぎっしり並んでいます。新刊書はむろんのこと、古本も扱っています。日本語の文庫本もたくさん並んでいますから、英語の本はバーンズで買い、日本語の古本はこのパウエルズで買っています。

ちなみに、一昨日パウエルズで仕入れてきた本は大沢在昌「新宿鮫V(炎蛹)」、村上 龍「イビサ」、森村誠一「笹の墓標」、内田康夫「薔薇の殺人」でした。いくらしたかって? 何しろ古本ですからね、ざっと1冊4~5ドルというところでしょうか。

私は普段は自宅近くの「ウィザード・ストア」というスーパーで日用品を買っています。オーガニックの野菜や肉を売っているので、やや高めですが、とても気に入っています。ポートランド市内にはこの「ウィザード」の大型店があって、それがパウエルズのわずか3軒先にあるのです。ですから、まずこのスーパーのパーキングに車を止めて、それからパウエルズへ行って本を選んだあと、スーパーに戻ってあれこれまとめて食料品を買い込み、レジにパーキング・チケットを出してスタンプを押してもらうのです。ちょっとセコイようですが、安心して車を止めておける上に無料ですから、これは大いに助かるわけです。

最近、私が凝っている作家の一人にデービッド・バルダッチがいます。彼が小説の素材にしているのはもっぱらホワトハウスのシークレット・サービスです。まあ、ミステリーでもあるわけですが、最近のエレクトロニクスを縦横に駆使した、極めてモダンな筋書きの展開が面白いのです。

いま、「The New York Times」紙のベストセラー・ナンバーワンになっているのがこのバルダッチの作品で「ザ・シックス・マン」という、ちょっとコワイ話です。あと、人気があるのがジェームス・パターソンの書く一連のミステリー小説で、ユーモラスで肩がこらないところが気に入っています。

探偵もので面白いのはマイケル・コナリーの書くもので、ほとんどロサンゼルスが舞台です。一番多いのはブッシュという警察のベテランが活躍するものですが、最近売れているのは「リンカーン・ローヤー」というあだ名の弁護士を主人公にした作品です。リンカーンの「タウンカー」にあらゆる通信機器を載せて事務所がわりにしている弁護士で、私もニューヨークではこのリンカーンに乗っていましたから、とても懐かしいわけです。

もしもこの世に本というものがなかったら……考えてみるだけでも恐ろしいことですが、本以上の楽しみを見つけるのは難しいですね。

こちらの「バンクーバー・シンフォニー」も頑張っています

【毎日が、非常時 No. 010】

米国のワシントン州で最も大きな街はシアトル(Seattle)で、次がスポケーン(Spokane)です。ほかに、日本航空が運行乗務員のトレーニングセンターを置いているモーゼスレーク(Moses Lake)という街がありますが、ここはかつてアメリカ空軍の基地があったところで、「ボーイング747」の飛行訓練ができる飛行場があるほどですから、いわゆる大都会ではありません。人口も約2万人ほどです。

そのワシントン州の南西の隅に私の住むバンクーバー(Vancouver)という町があります。よくカナダのブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバーと間違われるので、地元の人は必ず「Vancouver, Washington!」と言うのですが、これが年々、驚くほどのスピードで発展を続けているのです。

しかしこれはひとえに、すぐお隣のオレゴン州ポートランドという大都会のおかげなのです。この都市がコロンビア河畔随一の港町になっていて、これ以上は発展できないくらい成長しているからなのです。おかげでそこに通うためのベッドタウンが必要になって、それで「Vancouver, Washington!」は発展し続けているわけです。

したがって、バンクーバー市には最近、賑やかなショッピングモールが3つも4つもできています。市中心部の人口はわずか16万人程度なのですが、都市近郊を含めると230万人にもなります。

人口の増加とともに大規模な小売店を積極的に誘致しているので、さらに便利になり、私の住んでいるような年輩の人しか住むことの許されないゴルフ場付きの住宅エリアなども次々に出来ています。快適な生活環境に惹かれて高齢者が多く移り住むようになると、医療設備付きのコンドミニアムなども数多くつくられるようになり、人口はますます増える一方です。

驚いたことに、このような小さな町にも「バンクーバー・シンフォニー・オーケストラ」という名前の“ちゃんとした”オーケストラがあって、定期演奏会を開いているのです(同名のオーケストラはカナダにもあります)。土曜日の午後3時にはお年寄りのためのコンサートなども開いており、結構、活動は盛んです。

演奏会場として使用しているのは市の高校の講堂なのですが、これがリンカーンセンターのアリス・タリー・ホール(Alice Tully Hall)に匹敵するほど音の良いホールで、お年寄りたちは午後3時から5時過ぎまでコンサートを楽しんだ後、ゆったりと夕食を楽しみ、暗くなる前に帰宅できるというスケジュールになっています。

私はニューヨークで暮らした30年ほどの間、ずっとニューヨーク・フィルの会員でしたから、いつも2階の決まった席で音楽を楽しんでいました。残念ながら昨年、ロリン・マゼールの後を継いで音楽監督に就任したアラン・ギルバートの着任前にニューヨークを去って当地にやってきたのですが、昨年は、わざわざ彼が指揮をするブラームスの交響曲を楽しむために、インターネットで切符を買ってニューヨークまで行ってきました。

何しろ彼のお母さんはまだニューヨーク・フィルで第1ヴァイオリンを弾いている日本人の建部洋子さんですし、私も仲良くしている五嶋みどりの弟の五嶋 龍君の先生でした。その龍君は3年くらい前に「バンクーバー・シンフォニー」でコンチェルトを弾くためにわざわざ当地まできてくれたのです。

ところで「バンクーバー・シンフォニー」を20年来振り続けている指揮者のサルバトール・ブロトンズさんは、若いだけあって元気のいい指揮ぶりで、いつも楽しく聴かせてくれます。もっとも、昨年11月のブラームスの「交響曲第4番」は、家内に言わせると「テンポが速すぎて味がない」ということでした。実は、ギルバートのブラームスもブロトンズに劣らず相当に速いテンポでした。

確かに、ブラームスの音の微妙さは、もう少しゆっくりした方がいいかもしれない、とは思いますが、でも私の場合は、次第にスピードアップしてプレストコーダに突っ込んでいく方が興奮するわけです。

しかし、昨日のレスピーギの「ローマの祭り」はいささか元気がありすぎ、でしたが……。第1ヴァイオリンのお嬢さんのソロは素晴らしかったのですが、いささか震えているのが分かりました。それにしても、あんなに興奮してタクトを振ったら、さぞかし気持ちがいいことでしょう。これで今シーズンは終わりになりましたから、観衆は自ずと立ち上がって盛大な拍手で送りました。

次のシーズンは、ちょっとばかり気分を変えて、オレゴン交響楽団にしようと思っています。ニューヨークのカーネギーホールに出演してきたばかりだそうです。

アメリカはあらゆる町にシンフォニー・オーケストラがあって、それぞれの持ち味で勝負をしているのがいいですね。もっとも、交響楽団を経済的に維持して行くのは大変だと思います。有名なフィラデルフィア交響楽団は「破産」して、ついにつぶれてしまいました。

「バンクーバー・シンフォニー」も、指揮者を囲むパーティーなどをやって資金集めに懸命です。土曜日のコンサートのときには、付近の老人ホームまでバスを走らせてお客さんを迎えに行ったりしています。

演奏の始まる1時間くらい前から、指揮者自身がマイクを抱えて曲の解説や作曲者のストーリーを語って聞かせており、やはり、地方都市のオーケストラにはそれなりの苦労はあるようです……。

本格的なドイツ料理のお店

【毎日が、非常時 No. 009】

知人に「アメリカの北西部のゴルフ場の中に引っ込んで、田舎の引退生活を楽しんでいます……」などと言うと「え? それじゃあ美味しいものも食べられないんだね」と同情してくれる人もあるのです。もちろんニューヨークに比べれば、食生活の幅は大いに狭まることは確かです。でもね、この辺りにだって、ちょっと気を入れて探すと、結構美味しいお店はあるものです。

今日は自宅から車で5分しかかからない場所にある「グスタフ(Gustav’s)」というドイツ料理のお店で、おいしいランチを食べてきました。

グスタフのファサード

私たち夫婦はその昔フランクフルトに遊びに行き、ロマンチック・シュトラーセを探索したことがあります。まあ、そのときの経験を思い出して、本日もまずは黒いドイツビール(バルシュテイナー)で。これが1本4ドル95セント。

私のメインディッシュは「ホワイト・ブルスト」という白いドイツ風のソーセージ、これにランチ・サービスのサラダがつきます。ドレッシングを尋ねられますので、私の好みでは「シーザー・ドレッシング」ということになります。言ってみればこれはチーズと黒胡椒入りの、味のない単純なサラダです。

家内はソーセージではなく、メインディッシュにチキンのシュニッツェルを頼みました。カツレツみたいな料理ですよね。

こうした料理を食べるときの一番の楽しみは、なんと言ってもデザートです。家内が挑戦したのはそれだけで昼食分はあるかと思われる、大皿一杯のアップル・スツルーデル。これに対して私は、シングルのエスプレッソ1杯だけ。ものすごく濃いコーヒーで、あの小さなデミタス(demitasse)カップ1杯のごくわずかな量ですが、これだけで夜まで殆ど眠らずにすむと言われるほど、それはそれは強いコーヒーなのです。

これだけのドイツ料理のお値段が、2人分で42ドル40セント。それにウェーターへのチップが8ドルで、合計50ドル40セントということになります。それでもニューヨークに比べるとざっと半値といったところでしょうか。

ここよりもうちょっとランクが上のレストラン「アップルウッド(Applewood Restaurant and Bar)」は、わが家から車で10分ぐらいの場所にあります。私たち夫婦と、私とたまたま同い年の隣家のおばさん、それに元はわが家に住んでいて旦那さんが亡くなられた女性の4人でよく会食をするのですが、ここのラムのステーキはなかなかに美味しいのです。

「アップルウッド」よりさらに2分くらい先に「ルーツ(Roots Restaurant and Bar)」というレストランがあり、私はここでカキフライをよく食べます。カキが新鮮で、同時に揚げ方がカリッとうまく揚がっており、良く冷えたドライの白ワインにぴったりのランチとなります。

ごく最近まで「ルーツ」の欠点はエスプレッソを淹れるコーヒーマシンを具えていなかったことでした。私がガンガン言ったせいか、ようやく最近買い揃え、ここでもおいしいエスプレッソを楽しめるようになりました。

実はこの「ルーツ」の隣が私の好みの理髪店なのです。まずここで散髪してさっぱりしてから、「ルーツ」に行って白ワインにカキフライ、それからエスプレッソというコースが完成したというわけです。

こう書いてくると、アジア系のレストランは出てこないね、ということになりそうですが、前述のドイツ料理の手前にタイ料理のレストランがあって、ここのチーフウェイターとはすっかりおなじみさんになっています。

ここにはタイ風のおいしい鍋料理などもありますが、私の好きなのは、焦げかけてピリッと辛いスペアリブで、店で食べきれないときは、箱に入れてもらって自宅に持ち帰り、たっぷり楽しめるのです。

ここから3分ぐらいのところに、恐らく台湾出身の人たちがやっている大きな東洋風レストランがあり、入り口を入ったところにはすしカウンターもあります。私たち夫婦も、日本食を食べたくなると、ここでよくトンカツ風のものを食べるのですが、メニューを見ていたら「うなぎゾンぶり」と書いてあったので、私たちもここでは「ゾンぶり」と言ってオーダーしております(笑)。

自宅の周囲はこんな具合ですが、車で30分くらい走るつもりであれば、すぐ近くのオレゴン州ポートランド市は大都会ですから、もう少しバラエティーに富んだレストランがあります。これについては別途、ご案内したいと思っております。

アメリカ西北部の名物ワインは「ピノ系」がいい

【毎日が、非常時 No. 008】

アメリカでワインと言えば、もはやカリフォルニア・ワインということになってきています。なかでもサンフランシスコ郊外にあるナパは、ワインの都として多くの観光客を集めています。私も昨年ナパに行って、おいしいワインを満喫してきました。

私が贔屓にしているのは、サンフランシスコからルート101で北に海を渡ったメンドチーノ(Mendocino)にある「Windsor Vineyards (ウィンザー ヴィンヤーズ)」です。ここには私の名前を刷り込んだラベルが用意してあり、電話1本でその時々のお薦めワインを選んでもらい、このラベルを貼り付けて送ってもらっています。

いつも15本入りの赤、または白を頼みます。私からここのワインをプレゼントされた方はラベルに「タッド・藤松がお届けする〜」という表示を見て、「え? ワイナリーもお持ちなのですか」と喜んでもらえるわけです。

まあ、これはちょっとしたいたずらに過ぎませんけれど、おかげでワインの種類はいろいろ勉強して、かなり強くなりました。

私が住んでいるのはオレゴン州のポートランド空港から車で10分のワシントン州バンクーバーにあるゴルフ場の中なのですが、わが家のすぐ近くにもブドウ園があり、造り酒屋風のワイナリーがいくつかあります。この一帯、というかオレゴン州からワシントン州にかけての西海岸に適したブドウは、その元をたどるとフランスのブルゴーニュを原産地とする「ピノ・ノワール」という種類です。

皆さんは最高のワインとしてロマネ・コンティ(Romanée-Conti)の名前を聞かれたことがあるかと思いますが、これはブルゴーニュのヴォーヌ・ロマネ村で育つ「ピノ・ノワール」種の葡萄から作るワインなのです。栽培にはやや冷涼な土地が適しているのですが、遺伝子的にやや不安定で、栽培には大いに気を使うようです。

私はニューヨークからこの地に移り住むことを決めるまで、2年続けて2月にやってきて、ワシントン州バンクーバー市のダウンタウンにあるヒルトンホテルに泊まってみました。おかげでⅠ階のバーのお姉さんとは大分仲良くなりましたが、ここでは土地のワインというとまず「ピノ・ノワール」を飲むことを知ったのです。白がよければ「ピノ・グリ」を頼むわけです。

オレゴン州のポートランドにはウィラメット河というコロンビア河の支流があるのですが、この河にそって南に下っていくと大きな渓谷地帯があって、その全体がオレゴン・ワインの産地になっているのです。

というわけで、私たち夫婦を尋ねてこられる方があると、車にお乗せしてオレゴン・ワインの試飲にお連れすることになっています。

ワインはほんの微妙な違いで値段がものすごく違ってきます。ですから、良いワインを手に入れようと思えば、相当に“お金を使う”ことを覚悟してかからないとなかなか良いものは手に入りません。

それはよく分かるのですが、私の舌ではその「微妙な味の違い」と「値段の評価」をぴたりと合わせられないので困るのです。はっきり言うと「30ドルのワインと300ドルのワインを舌で見分けるのが難しい」のです。よほどの安物ならともかく、ある程度のワインなら何を飲んでもおいしいと感じるので、値段のことはほとんど気にならなくなりました。

とはいえ、ブドウを生育している環境は歩き回っているだけでも気分が良く、また、途中にあるレストランも決して悪くないので、観光にはもってこいだと思います。

ところで、「The New York Times」紙は毎週水曜日に「Dining」という料理専門のページを入れてくれます。4月13日付けの「Dining」一面の半分は「Act Now」という大きな文字だけの珍しい紙面構成でした。その大きな見出しの下の記事には「ワインの値段が下がりました。しかし、これは長くは続きませんよ」というショッキングなものでした。

ここで取り上げられていたのはボルドーのサンテミリオンのワインで、1本250ドルしていた2006年の「CHATEAU ANGELUS(シャトー・アンジェラス)」が、なんと今なら100ドルで手に入る、という記事だったのです。

ところで、ナパについてとっておきの話題を一つ。ナパに日本人が経営する「ケンゾー エステイト」というワイナリーが誕生したのです。

ここで言う「ケンゾー」とは、ファッションデザイナーの「ケンゾー(高田賢三)」ではなく、ゲームソフトの会社カプコン(CAPCOM)の会長である辻本憲三さんのことです。

辻本さんは大のワイン通だそうで、ナパに巨額の資金を投入して大きなワイナリーを作り、ハイデ・バレットさんという第一流の専門家を招いて昨年7月からワインづくりを開始したそうです。

これは一度、行ってみる価値がありそうですね。

津波の現場に「普通」はなかった

【毎日が、非常時 No. 007】

日系企業の駐在員とその家族、画家や音楽家などの芸術家、アメリカに日本の文化を紹介したい各種の専門家……ニューヨークにはおびただしい数の日本人が生活しています。今回の東日本大震災はこの人たちにとっても大きな事件でした。

私は30年以上もマンハッタンで生活していた“半ニューヨーカー”ですから、現在でもニューヨークで毎週1回発行されている邦字紙「週刊NY生活」を購読している愛読者です。その4月9日号に、私の長年の友人でジャーナリストの武藤芳治さんが「宮城にて」と題する現場を見てきたルポを書いていました。

武藤さんは、どんな被災地にも数ブロック離れると「日常生活」が展開しているものだが、この東日本大震災の場合にはどこまでいっても「普通」はなかった、と書いているのです。

武藤さんも私もニューヨークで9・11を体験しているのですが、あのときにはマンハッタンのミッドタウンには、私の自宅を含め「普通」の生活がそのままあったのです。でも、この被災地からのレポートによると、行けども行けども「普通」は存在しなかったということです。

「AERA」という朝日新聞が発行している雑誌の2011年4月3日号に、阪神大震災を1年以上にわたって取材され、「地震と社会」という本を書かれている朝日新聞編集委員の外岡秀俊さんが、大震災から1週間後のレポートを書いていますが、ここにも「途方もない災厄に、戦慄した」とあります。

「……だが岩手県陸前高田市から、景色が一変した。何もない。孤立したコンクリートの建物以外、ただ泥土と水。何もない。……」

外岡さんの記事に付けられている見出しは「これほどの無明を、見たことはなかった」となっています。アエラの編集者がこの見出しをつけるにあたって、仏教用語を参照されたかどうか分かりませんが、仏教では「無明」は苦しみの根本原因である、と説いているのです。外岡さんのこのセンテンスに続く文章は「血の気がひいた」というもので、その衝撃の大きさを示しています。

ニューヨークのエンパイアステート・ビルはいま、赤と白の電飾を灯して日本を応援しよう、というキャンペーンをやっているようです。邦字紙「週刊NY生活」にもたくさん記事や写真が載っていますが、日系人会や東北各県の県人会、多くの日本の大学の同窓会、日本人芸術家の協会、プロレスラーやダンサー、ピアニストなど、さまざまなアーティストたちがこぞって寄付を集める活動をしているようで、いずれも結構なことだと思います。

日本では今、民主党が地方選挙で惨敗したこともあって、この大震災の処理を管内閣に任せていて大丈夫か? という議論が盛んに行われているようです。それでは、誰に託せば、国民も被災地も納得の行く政治ができるのでしょうか? 日本から送られてくる雑誌や週刊誌を見ても、実名を上げて「この人に任せればいい」と議論をしているジャーナリストは見当たりません。

そもそも、民主党でだめなら、では自民党なら大丈夫か? といえば、それすら誰も「そうだ」とは断言していないのです。

「週刊NY生活」の4月9日号の一面トップ記事は「ボストンやフィラデルフィアでの観測によれば、放射性物質がアメリカ東部の空気中にも含まれ始めた」というショッキングなニュースです。

同じようなニュースは実は先週、私の住むワシントン州でもありました。ご存知のように、地球の周囲には常に空気の対流現象が起こっていますから、福島で空中に放射性の物質が放出されれば、それはアメリカのみならず、地球のいたるところで同じような問題は起きるに違いないのです。しかし、だからといってそのせいで多くの人がただちに癌になるかと言えば、それはない、と言った方がよいでしょう。

アメリカの片田舎からこの世紀の大惨事を眺めて考えることは、非常時における日本の政治全体のお粗末さ、政府や東京電力の広報活動の未熟さ、それと、それを右往左往しながら伝える一部のジャーナリズムの識見の低さにほかなりません。

やや高齢ですが、石原慎太郎都知事の再選はまあ、グッドニュースなのかな、と思うのですが、いかがなものでしょうか?

弱くても、放射能は癌の原因になるのか?

【毎日が、非常時 No. 006】

4月5日付け「The New York Times」紙の科学欄が「放射能の測定値がいくつになると危険なのか?」という記事を掲載していました。

その記事の書き出しは、福島第一原子力発電所が津波の被害を受けたことを述べた上で、日本、もしくは世界中の人々が果たして「どれだけの放射能を浴びたら癌になるのだろうか?」という疑問を呈しているのです。

ただし、その正解はどうも無いようです。バンダービルト大学のジョン・ボイス博士は人間に対する放射能の影響について研究してきた方ですが「ごくわずかな放射能を危険視するのはどんなものか?」というのです。第一「10レムもの放射線を浴びた結果がどうか、なんていう実験結果などあるわけがない」と先生は言われているのですね。先生はメリーランド州ルイビルの国際伝染病研究所の科学部長でもあり、ここで実際に政府の予算で放射能の被害を研究していらっしゃるわけです。

先生は放射線含有量の少ない食事を何百万人の人が食べた結果を、その含有量×何百万人で算出することの危険を言われているのです。

日本はご存知のように世界で唯一の被爆国ですから、広島にも長崎にも被爆後に癌で亡くなられた方が何十万人もいらっしゃるのです。なかでも一番多いのは白血病(Leukemia)になられたケースでしょう。ただ、この方々が実際に白血病で命を亡くされたのは発病後5年ぐらいしてからです。つまり、1950年ごろをピークに亡くなられたのではないでしょうか。

こうしたケースは直接、放射線に体をさらして血液やリンパ液が癌化してしまうわけですから、福島第一原発のケースとはかなり様相が違うでしょう。

「The New York Times」紙は「レム(REM、Roentgen Equivalent in Man)」といういささか古い放射能の単位を使っていますが、福島原発から12マイル(約20km)の距離で受ける分量は1時間あたり0.1レムということになっています。日本の専門家は「たとえ0.1レムの放射能であっても、4日間これに当たり続けると癌になり得る」と証言したことになっていますが……。

ちなみに、よく目にするシーベルトの単位ですが、これは100レムが1シーベルトで、巨大な単位です。したがって通常は1,000分の1のミリシーベルト(mSv)で表示されることになっており、国際放射線防護委員会(ICRP)が避難勧告を定めている年間の放射線被曝上限値は100mSvです。

エヴァンス・B・ダップル博士は広島、長崎の被爆者20万人のその後の状況を調査し、このほど著書として出版された方です。そのダップル先生も「今回の原発事故で雨水に濡れた野菜を食べたり、それを餌にした牛のミルクを飲んだりするケースと、広島、長崎の被爆を一緒にするのは難しい」と考えておられるのです。

広島や長崎の被爆者の40%は、現在もなお元気で生きていらっしゃるのです。ですから、原発事故のために雨水が汚染されて、それが安全かどうか、といったことは「全く別の次元の問題だ」とダップル博士は指摘しています。

「The New York Times」紙は項を改めてデニーズ・グレイディー記者の「放射能が人間の細胞に与える影響」という記事を載せています。

福島第一原発の事故によってまき散らされる放射能は、なぜ危険なのでしょうか? 放射能は人間のDNAを破壊し、傷口に放射されると骨髄を傷めたりするのです。その結果、人体は免疫を大きく低下させ、病気になりやすくなり、癌を発生させ、場合によっては死に至るわけです。

放射能に含まれている放射線の特徴はそれぞれ次のようになっています。

・アルファ線

アルファ線の粒子は大きく、ある種の「紙」で止められます。ですから、体外に出してしまえばよいのですが、体内にとどまっていると極めて危険です。

・ベータ線

ベータ線の粒子は小さく、皮膚に潜り込めるので危険です。

・ガンマ線

ガンマ線の粒子は小さく、X線に似ていて、体にとって危険です。

・ヨウド131とセシウム137

これらはいずれもガンマ線を出し、体にとって有害です。

・プルトニウム

アルファ線とガンマ線を放出します。肺がんの原因となります。

上記の放射能はいずれもエネルギーを放出していますが、途中で半減します(半減期)。ヨウド131の半減期は30年、セシウム137は300年です。

魚と海草の放射能検査

【毎日が、非常時 No. 005】

4月6日付けの「The New York Times」紙のビジネス欄に「その日の入荷を検査しよう」という見出しとともに、手持ちの放射能測定器(ガイガーカウンター)で籠に入れられた鯛を測定している大きなカラー写真が掲載されていました。サブタイトルには「シェフも国も、食品の放射能には厳格な取り組みが必要」とあり、ああ、ついにここまで来たか! という感じの記事になっていました。

この写真が撮られたのはマンハッタンのバーナディン(Le Bernardin)という一流のシーフードレストランでした。シェフは「日本からの魚はすべて放射能のチェックをしています」とコメントしています。したがって、同店の料理は「安全」ということなのでしょう。

そこで取り上げられていた魚はハマチとカンパチでしたが、これらの魚が海中の生け簀で養殖されていることを、シェフはよくご存知だったようです。

福島第一原子力発電所が津波の被害にあったことは、アメリカの新聞でもすでに広く報道されています。東京電力が今、その後始末をしていて、放射能に汚染された水を一部、海中に流したことも伝えられています。実際には、この汚染水が影響を与えるところで食用に供する魚が養殖されているようなことはないと思いますが、その辺りの事情までは、まだアメリカでは知られていないようです。

この記事の続きは4ページ目に出ていて、そこには白黒の大きな写真が掲載されており、「アジ1尾200円」という日本語の価格表示も写っていました。東京・築地の魚屋さんで撮影されたものだそうです。

その写真の説明には、日本政府は食料品に含まれる放射能の数値に対して厳しい制限を課しており、日本で食品による放射能被害を受ける可能性はないことが強調されていました。しかし同時に、末端の魚市場やレストランのすみずみにまでこの放射能の限界値が周知されているのかどうか、いささか疑問だとも言うのです。

現在、一般に使われている放射能検査器機はきわめて簡単な構造で、米国のFDA(Food and Drug Administration、食品医薬品局)の科学者パトリシア・ハンツェンさんは「大量の魚を全部チェックすることが可能なのかどうか、問題がある」と述べているのです。大きなコンテナ一杯の魚のどれが危険なのか「どうやって放射能を測定しろというのか」というわけです。

ニューヨーク郊外のストーニーブルックにあるニューヨーク州立大学のニコラス・フィッシャー教授も、現在のような輸送体制のなかで個々の魚の放射能汚染度を調べるのは「ほとんど不可能に近い」と述べています。

この記事に登場するシアトルの中央魚市場のマネージャー、ティモシー・ザーケルさんは「魚はまだよいとして、日本から輸入される海草類に含まれる放射能は、果たしてどうなっているのか」と指摘しています。

注意しなければならないのは、魚よりも、日本人が大好きなこうした海草類の食品でしょう。これは常に海中に生育するだけでなく、放射能がどんどん蓄積して数値が高くなっていきますので、たとえ乾燥させたとしても、十分に注意する必要があります。

そういえば、日本ではワカメや昆布などの海草類についても厳重な放射能チェックがなされているのでしょうか? 「The New York Times」紙もこの海草問題を取り上げて、繰り返し注意を喚起していました。

もしかするとこれは、意外な盲点だったかも知れませんね。